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我が子の障害がわかった時(kouki's mama)

家族みんなをのせた車が交通事故にあい、
妊娠中だった私は3か所を骨折、手術をうけました。

そして、まだコウキが生まれる前、
「お子さんは生まれてきても障害が残るでしょう・・・特に目は見えないでしょう」という説明を受けました。
そして、私自身も障害が残るかもしれないと・・・


ショックでした・・・
どうなるのかわからない不安と悲しみ・・・
ひとりになるとよく病院のベッドで泣いていたものです。


生かされた命
お腹の中で元気に動いているのを感じると、障害があるなんて信じられない・・・という想いもありました。


障害も「目だけ」だったら、ピアノだって弾けるし・・・などと、
のんきなことを考えていたのも覚えています。


そして、なにより、動かなくなってしまった自分の両手で、
生まれてきた赤ちゃんを抱っこしたい!という一心でその当時は過ごしていたように思います。



***


事故直後の私は、
目だけしか動かすことが出来ない全介助の状態でした。
声も思うように出せなくて・・・

意識はあるのに、
体を動かすことができない苦しさも知りました。

ナースコールさえ、自分で押すことができない状態

母がずっと付き添ってくれたのですが、
母が側にいることで、
泣きたくても泣くことができないんですよね・・・
母の方が泣いているので・・・


お箸が持てるように、
文字が書けるように、
ひとりで歩けるように、
ベッド上でのリハビリをしていただいていました。


人って、歩かなくなると、
歩けなくなる・・・
歩く動作が出来なくなる、ということも
この時初めて知りました。


やっと「立つ」という訓練が出来だした時も怖くて怖くて・・・
ベッド横の椅子に移ることさえ、怖くてひとりではできなかったことを今でも覚えています。




正直、最初は結婚生活を続けていくことが出来るんだろうか?とさえ悩みました・・・


けれども家族や病院の方々が支えてくださり、受け入れてくれたことで、
私の気持ちも少しずつ落ち着いていったように思います。



生まれてくる子どもの障害に対しても不安で不安で、看護師さんに泣きながら話を聞いてもらったこともありました・・・

私の場合、コウキが生まれるまでの入院中、
病院内でいろんな境遇の方との出会いがあったこと
そして、いろんなことを夫婦で話し合い、考える時間を与えられたことで、
少しずつ「障害」を受け入れる「覚悟」ができたように思います。


そして、最初にも書きましたが、お腹の中で生きてくれている赤ちゃんを
自分の腕で抱っこしたい!という一心で頑張れた・・・そう思います。





こうやって振り返ってみると、
障害を受け入れることも、大変なことなことだったのですが、
私の場合、
早い時点でわかり、心構えをする時間があったこと・・・

実際、生まれて、育児を始めてからのほうが実はもっと大変で、
精神的にもどんどん追いこまれていったように思います。



家に戻り、
在宅での育児・介護になってからのことは、
また、あらためて文章にしていきたいと思っています。










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by smile-support | 2012-03-22 01:10 | mama達の想い
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